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2008年1月31日 (木)

生きなければ。

職場の同僚が亡くなった。32年の付き合いだった。勤続33年、2ヶ月後には定年退職だった。一人暮らしのため、発見が遅れた。それで死因も死亡日も不明のままだ。

亡くなる数日前にお茶を飲んだ。世間はなしをして別れたが、定年後の生活を楽しみにしていた。きちんと生活設計をして、再就職もせず、好きなことをして暮らすと言っていた。

数年前に心臓で入院したので、死因もそうだとは思うが、部屋の中で事件性もなく亡くなっていたため、解剖もしなかった。

お通夜で顔を見るかと言われたが、最後に行き会った時の笑顔を覚えておきたかったので、そのまま失礼した。

ワタシが下北沢に住んでいた時に、よく遊びに来た。パジャマに着替え、「おい、風呂に行くぞ」と連れ立って出かけた。ポテトの店や、カレーの店に寄って帰ったものだ。競馬が好きで、馬券を一緒に買いに行ったりもした。田舎の家にも来てもらったことがある。そばにいるだけでほっとするところがある人だった。みんなに慕われていた。

この年になると、そういう人との別れが多くなる。仕方ないのだろうが、ずいぶんと寂しいものだ。時々ふいに「ああこのことをあの人と話がしたいなあ」と思うことがある。

どんなに苦しくても、生きなければいけないのだなと思う。

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2008年1月18日 (金)

13年目の1.17。

13年前の1月17日午前5時46分に阪神地方を中心に大地震が起きた。死者6434名。6434名分の人生が突然消された。その人たちにつながる多くの人たちにも、心に大きな傷を残した。

あの日は風邪で仕事を休んでいた。テレビをつけると、異様な光景が広がっていた。刻々とひどくなる状況に見入った。数日後、仕事で神戸へ行った。関空から船でメリケン波止場に着いた。港は大きく陥没し、車が数台波に洗われていた。高速道路は段違いになっていた。歩いて、教育会館へ行く。状況視察ということだったが、どうすることもできない現場だった。その夜、神戸市内を歩き回った。真っ暗だった。救急車両のサイレンが一晩中鳴り響いていた。三宮は立ち入り禁止になっていたが、誰もいなかったので商店街を歩いた。ビルが支えあうように傾いていた。生田神社は屋根だけになっていた。翌日、自転車を借りて市内を見て回った。家は崩れ、土饅頭になっていた。その上で記念写真を撮るバカどもがいた。子ども部屋だけが見え、机の上に整然と並んでいたコミックが妙に生々しかった。長田区は空襲の焼け跡のようだった。焼け野原になっていた。コンクリートのビルだけが、残っていた。道路1本隔てただけで、崩れた家とそのまま生活している家があり、印象的だった。

忘れてはいけない光景だった。6434名の痛みを忘れてはいけない。今、神戸は復興したようにも見えるが、長田区へ行けば多くの空き地がある。そこにこの地で死ななければならなかった人々の無念さを感じることができる。

1月17日が来るたびに、同じことを語っていこうと思う。

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2008年1月15日 (火)

連休の過ごし方。

12日(土)は片付け隊のひとりが来てくれて、CDやDVDなどを片付けた。カーテンも洗った。そういえばカーテンは長いこと洗ってなかったので、乾燥させたらずいぶんきれいになった。レースのカーテンは買い換えた。部屋が明るくなったような感じがする。

JR東日本の通販で買った本棚が届いた。やたらと重い。部屋の中へ入れるのに、宅急便の人が手伝ってくれた。はたしてひとりで組み立てられるのだろうか。

夜は成増で友人に会う。久しぶりに一緒に飲んだ。数年前に派遣で来ていた人だ。なぜか、交友関係が続いている。オーストラリアへ遊びに行ったということで、カンガルーのジャーキーをもらった。まだ食べてない。前に職場の同僚からワニのジャーキーをもらったが、あれもオーストラリア土産だった。不思議なものを食べている国だ。

一日雨が降っていたが、夜には止んだ。家に帰り、DVDを本棚に入れなおした。やはり手元に置いておきたい。片付け隊員はもう寝ていた。

13日はカーテンを買いに行った。居間の窓ははめ込み式の窓が付いているので少し大きい。150センチと100センチを買う。ついでに職場で使う座布団も買った。真ん中に穴が開いているドーナツみたいな形をしている。

14日は足利へ帰った。高校の同級会だ。足利高校は3年間クラス替えがないので、同じメンバーで3年間を過ごす。しかしだ、人の顔と名前を覚えられないのは生まれつきなので、このクラスでも知らないというか覚えられないままだったのがいる。今回はFくんの家でそばを食べるという趣向だった。クラス委員長だったSくんがそばを打った。彼はある日、そばに目覚め、そば打ちを極めつつある。段も取った。今では養老院などへの慰問もしているらしい。会社でもそばを打っていると言っていた。36年ぶりにIくんにも会った。高校時代、どんな顔をしていたのか忘れた。「俺だよ、Iだ」と言われ、名前は覚えていたので、ああそうかと思った次第だ。彼は会社務めを辞め、家業の農家を継いだ。今はトマトを主に作っている。年収を聞いたら、かなりの金額だった。そのかわり、休みなどはないらしい。5月の一番美味い時期に採れるトマトを送ってもらうように頼んだ。

10名ほどが集まったが、皆、我よりも偉く思えた。みんな必死に50年以上生きてきているのだなあ。それぞれの人生がいい具合に顔に出ていた。

同級会がお開きになってから、実家に顔を出した。母が「背中がまた痛い」とうなっていた。「病院で今の症状を正確に伝えてくるように」としかいいようがなかった。また背骨が折れたのか。奈良のI先生も同じ症状で入院している。同じ年齢なのだ。3時間ほどして帰る。

あまから屋へ寄った。もう店は閉めていて、源さんがひとりでいた。ひさしぶりにゆっくりと、いろいろなことを話した。自分の店を出して30年になると言う。自力で30年商売をしてきたわけだ。ここにも偉い人がいる。源さんに初めて会ってから、もう35年以上になるのか。長い付き合いになったものだ。駅まで車で送ってもらう。「帰ってきたら、必ず寄れよ」という言葉が嬉しかった。

きょうはなぜか、ため息ばかりの一日だった。まあいいさ。それもまた人生だ。

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2008年1月 9日 (水)

新学期始まる。

実際は4日が仕事はじめだったが、年末に「4日だけ1日出てもまた休みだから、休みにしよう」という声が出て、職場を休みにしてしまった。それなので、今年は7日が仕事初めだった。おかげでのんびりできた。

昨日はたまっている仕事を大急ぎで片付けた。で、4時から新年会。仕事収めの時も少し飲んだが、つまみが寂しかったので、今回はピザや寿司を取った。ビールも買いに行き、新年早々の飲み会となった。実はずっとピザが食べたかったのだ。それで独断でピザを頼んだ。こういうのは突然食べたくなるものだ。主治医に言ったら、禁止されてしまうものが食べたいものなのだ。

初日から酔って帰宅。うたた寝が心地よい。ホットカーペットはぬくくていい。買い直してよかったなあ。

新年になっても、仕事内容が変わるわけではない。また同じ仕事を毎日黙々と続けていくのだ。左手の腱鞘炎は日ごとに痛さを増して、今や結構痛い。添え木が必要なのも理解できる。手首だけテーピングしていると、親指が動いてしまい、それが痛いのだ。手の甲はしびれている。

足がつるのは、回数が減ってきた。これはよいことだ。運動不足と関係があるのかもしれない。今年はせいぜい歩くことにしよう。やせないといけないしなあ。太っているのは、自己管理ができてないからだなんて、はっきり言われては、立つ瀬がない。好きで太っているわけではないが、自己規制ができてないのはあたっているので、言い返せない。明日は膀胱の検査に行く。あちこちにガタがくる年齢になった。ガンの検査もしてくれるので、なんともなければ安心できる。

今週末はまた連休だが、高校の同級会をやるそうだ。Sくんがそばを打ってくれるそうなので、田舎に帰ることにした。10名ほど集まるのだとか。みんないいおやじになったことだ。男子校だったので、楽しみは少ないが。年賀状を見ても、みんななんとか生きているみたいだ。「お前が一番気楽な生き方をしている」とか。はいはい、そのとおりでございます。人生も半分以上を過ぎて、なんのいまさらあくせくする必要があるのか。

ただし、年末ジャンボも見事にはずれ、なかなか生活のめどがつかない。これだけはなんとかしないとなあ。困ったことだ。定年を迎える人たちを見ていると、きちんと人生設計をしていたことに気づく。素晴らしい。その日暮らしをしている人間には考えもしなかったことだ。友がみな我より偉く見える日よというやつだ。うーん、どうしよう。

新年会は2月2日の18時から、富士見台の焼肉屋さんで行うことになった。みなさんよろしく。

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2008年1月 6日 (日)

焼肉は神戸だ。

今年の初旅行は神戸だった。4日、新幹線に乗り西を目指す。お昼に新神戸着。1時にある人と待ち合わせ、お昼を食べに行く。ガイドブックは神戸B級グルメの達人芝田師匠の「神戸ぶらり下町グルメ」という本だ。元町近くの友屋を選んでおいてくれた。中華のお店だ。牛ばら肉のチャーハンを食べる。美味い。神戸には南京町があるが、本格的に食べたいなら駅の北側がいいそうだ。この店も小さいが、本格的な味が低料金で食べられる。ビールも飲んで、新年の会食をする。用事があるので、その人とは1時間でお別れ、でもそれでもいいのだ。

夕方までドンキホーテなどで時間をつぶす。5時におこづかい帳さんが大阪から来てくれた。ふたりでJRの高架下の商店街をひやかしながら歩く。結局、三宮から兵庫駅まであるいてしまった。結構な距離だが、歩けるものだ。今年はせいぜい歩くとしよう。

まだ予定の時間まで少しあるので、駅近くの立ち飲み原屋酒店に寄る。焼肉大王夫妻に会う。1年の内、100回は焼肉を食べ歩いているという人だ。それを丹念にブログに書いている。お連れ合いはチャーミングな方だった。あら搾りを飲み、粕汁を食べる。冷えた身体が温まる。

さあ、目指す焼肉店ポッサムチムだ。すでにばーどさんが待っていた。きょうから仕事なのに、付き合ってくれた。ばーどさんに新年から会えて、嬉しい。おまかせにする。まだ屠場が休みなので、生はタンくらいだったが、肉はいろいろな部位を食べられた。東京ではこうはいかない。味付けも肉の種類により、わさび、塩、ゆずこしょうなどが出てくる。出てくる肉にいちいち「美味い」と言ってしまう。なるほど、あのおこづかい帳さんが肉を食べたくなったら、ここへ来るというのがわかった。感動ものの味だった。

ばーどさんはきちんと写真に撮っていた。そのうちmixiに載せてくれるだろう。「焼肉は神戸」だ。満足して、ホテルに戻る。マッサージを頼み、60分ゆったりとする。腕のいい人だった。そのまま寝てしまった。

翌朝、シャワーを浴びバイキングを食べる。少しゆっくりしてから、生田神社へ初詣に行く。朝からすごい人出だ。お賽銭ぽんと投げて、お願いごとの多いこと。厄除開運のお札、旅行安全守、恋の花咲く守などを求める。おみくじはなんと「大吉」だった。今年はいいことがあるかな。この神社の巫女さんはみんな可愛かった。えまいちゃんに会えなかったのが残念。

元町まで歩き、南京町へ行く。ここもすごい人出だ。豚マンを食べながら、ぶらぶらする。どの店も店先に屋台を出している。そこでいろいろなものを買って、皆食べている。ここは気分を味わうところだ。

さて、南京町まで来たのだからと、メリケン波止場まで行ってみることにする。震災後すっかりきれいになった。震災の爪あとを保存してあった。あの時、ここには車が何台も海に浮いていた。高速道路は段差ができていた。すっかり陥没した港から、関空に行ったものだ。そういえば、生田神社も屋根だけ残り、社殿はつぶれていた。そんなことを思い出しながら、しばらく海を見ていた。

元町、三宮は震災があったことがわからいくらいに、見事に復興したが、長田区へ行けば今でも空き地がたくさんある。被災者連絡協議会の河村さんに会えばよかったなあ。

帰りの新幹線の中で、koさんから電話があった。「今、ぐらしあさんと新年会をやっているので来て」とのこと。練馬へ急ぎ、お二人に会う。久しぶりに会うぐらしあさんはずいぶん元気になっていた。当面の日程を確認するが、今年もあちこち出かけることになりそうだ。新年会は富士見台の焼肉屋さんに決定。

みなさん、「焼肉は神戸」です。

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2008年1月 2日 (水)

あけおめ。ことよろ。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

天気もよく、すがすがしい新年となった。お節を大皿に並べ、お雑煮を作る。お節は新潟から取り寄せた海鮮お節だ。昨年気に入ったので、また頼んだ。肴が主体の内容で、お値ごろ感がある。田舎の両親にも送っている。

ビールを飲みながら、お節を食べる。BGMはまず、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド」だ。中学の頃からだから、もう40年近く音楽の聴き始めはこのアルバムからだ。それから、PANTA、キース・ジャレットなどなど、ずっとCDを聴いていた。今はマイルス・デビスが流れている。

年賀状を読む。たくさんの人が、元旦に届くように書いてくれた。この人間関係を今年も大事にしようと思う。果たして、自分の書いた年賀状はきょう届いたのだろうか。

ケータイメールでの年賀も届く。これは、夜中からだ。

そう紅白歌合戦をちゃんと見た。今年は出演者もよく、飽きずに見られた。しょこたんにリアディゾン、米米クラブ、aiko、それにZARDもビデオで出た。美空ひばりまで出た。生演奏とVTRを重ねるというのは面白い。寺尾聡のバックで、PANTA&HALにいた天才ギターリスト今剛も見られた。ずいぶん老けたが、長ロングヘアーは健在だった。一青窈が手話入りで「はなみずき」を歌ったのが、一番良かった。いい歌手だ。

途中でそばをゆで、年越しそばを食べる。海老天は3本だった。よば湯も飲んで、満足。年が明けてから、ケータイメールで、年始の挨拶をあちこちに送る。

今年はどんな年になるのか。健康第一だ。がたがたなこの身体、なんとかせねば。腱鞘炎が痛くて、こうしてパソコンを打っていても、痛むようになった。手をねじると痛みが走るので、物を持つのが難しい。お正月から情けない。膀胱の精密検査もあるし、今年も医療費がかかりそうだ。

午後はCDを聞きながら、矢島正雄と弘兼憲史の「人間交差点」を読む。漫画だが、へたな小説よりも人間の生き方を教えてくれる。全19巻の内、半分くらい読んだ。

ホットカーペットが壊れた。明日、新しいのを買ってこよう。床がフローリングなので、寒いのだ。今年こそ節約しないとなあ。

今年もよろしくお願いします。

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